|   そういや、高校生になってからの部活、である。 「コヒナタさ、高校行ったらバスケ部入ろうよ。バスケ部」 中学校を卒業する直前に、友人から誘われた。 バスケ部。いいかもしんない。
 
   中学校では、どこの部も上下関係が厳しすぎた。学校で先輩を見かけたら、先輩の姿が見えなくなるまで
 「先輩おはようございまーす!先輩おはようございまーす!」
 と、コメつきバッタのように90度以上のおじぎをしながら、挨拶をし続けなければならなかった。
 目が悪いあたしは、「こいつ、全然挨拶しない」
 と言いがかりをつけられた挙句、掃除道具入れに閉じ込められ、大勢の先輩方に四方八方から蹴られ、道具入れごと倒されたと思ったらまた蹴られ、というリンチ的なものを受けたことがある。正直、ヤクザの世界よりも厳しいオキテである。(知らんけど)
 しかし、高校ともなれば違う。部活、といっても、中学校ほど青春をかけている感じもせず、比較的ユルそうである。
 ブラスバンド部への入部も勿論考えた。しかし、ノーモア。ノーモアバリトン!(愛着ありましたけど)
 あんなにテナーサックスを熱望したにも関わらず、あたしは結局バリトンをかつぎ続けるはめになったわけで、高校生になったからといって、その呪縛から、そうやすやすと逃れられる気がしなかった。自分の運のなさは自分が一番よく知っている。
 「バスケ部か」 いいかもしれん。そう思った。なので、バスケ部に入部した。
 1週間でやめた。
 
 
   
 正直しんどい。堂本剛でなくとも、おもわずそう漏らしてしまうほどに、文科系一本槍のあたしには、運動部はキツすぎた。持久力はブラスバンド部で培っていたが、瞬発力がない。協調性がない。集中力がない。声が出せない。帰りたい。
 バスケ部にてランニングをしている時に、校舎の裏庭でサックスを吹いている学生を見ながら、「あたしゃーこれからアクティヴに生きるのだ!ちんたらサックスなんか吹いてられねーぜ!」
 なんて思っていたのに。
 やっぱ、恋しかったんだね。 人よりちょっと遅れて、ブラスバンド部の扉を叩くことになった。 「えー、コヒナタさんは、中学生の時もブラスバンド部だったんだってね。パートは?パートは何をやっていたの?」 ギク! どうだろう。ここであたしがバカ正直に「バリトンサックスです!」
 と答えたとして、果たしてあたしに未来はあるか?
 ないぞ!きっとないぞ!あんたまたバリトンだぞ!やめとけ!嘘をつくんだ!
 「えーっと、あの、その、サ、サックスを」 「何サックス?」「えーっと、あの、その、バ。えー。いやその、ア。アルトをちょっとですけど本当は、テ。テナーを・・・」
 「あ、テナーはね、1人いるからなぁ。アルトももう入っちゃったしね、新入生が。あとはバリトンが残ってるけど、バリトンなんかどう?」「バ、バリトン・・・」
 「バリトン」
 「は、はぁ」
 「どう?」
 「やります・・・」
 もう観念した。観念しかできないだろう。ここまできたら。
 
 
 
   
 今あたしが死んだら、間違いなくあたしの仏の上に乗るのはバリトンサックスだ。「この子はバリトンサックスが好きな子でした」
 なんつって、オカンが涙を拭き拭き、そう言うのだ。
 「コヒナタさんは、いつ見てもバリトンサックスを抱えていました」
 友人が声を震わせて、そう言うのだ。
 「俺とデートしている時も、いつもバリトンのことを語っていました」
 恋人が遠い目をして、そう言うのだ。
 勿論、出棺の時は、車のクラクションではなく、バリトンの音だ。
 「ぼええええええええええええええええ!!!!!!」 そんな人生も、悪くない。 「えー、あのぅ、今日からバリトンになりました、コヒナタです」
 テナーサックス担当の先輩男子に挨拶をした。
 「へーへーへー。よろしくー」 眼鏡をかけた、いかにも真面目そうな顔に全く合わない軽妙な口調で、挨拶を返してくれたその先輩は、実はバリバリの(って古いな)ギタリストであった。
 
 
 
 
 ・・・つづく
 
 
 小日向ヒカゲ
 
 
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