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結論、君よ自由に生きるべし





満員電車


僕は今、独立して一人で仕事をしている。

独立した理由のひとつに満員電車がある。

満員電車に乗らないですむ人生が欲しい。

心の底からそう思い、

そしてそれを手に入れるべく

無謀ながら一文なしで独立した。




その頃、小さな広告代理店での激務があいかわらず続いていた。

朝7時に家を出て、帰ってくるのは早くて夜の11時。

遅くて徹夜。

すなわち家に帰れない。

寝床は会社の床。

不潔きわまるダニがいっぱいの会社の床のじゅうたん。

そこに寝る。

寝るというより気絶する。

もう限界だ…

そう呟きながら気絶する。

広告業界、マスコミ業界、ファッションアパレル業界、

この3つは無限労働の代表格だと思う。

とにかく皆、働く。

いや、働かされる。

なぜか?

答えは、代わりがいるから。

カタカナ職業に憧れる若者が後を絶たないから。

だから、無理をさせる。

壊れたらとっかえればいいと経営者は思っているのかも知れない。




会社というのは恐ろしいところだと思う。

本当に強靭な意志がないと、この会社という場所で

自分の思う通りに振舞うのは難しい。

ふつうは出来ない。

正義が自分にあっても出来ない。

普通に考えれば、拘束時間は朝9時から夕方5時。

就業規則にも書いてある。

では、その通りにいくか?

いかない。

圧倒的にいかない。

何か見えないルールにしばられる。

だから皆、夕方になると必死に口実を探す。

この見えないルールから脱出する方法は一つだ。

それは先方との打ち合わせがあるという口実。

その打ち合わせに出向き、早々と用件を終わらせ

そのまま直帰。

これが最高。

この最高のスケジュールを組むために皆夕方になると、

全力で口実を探す。




この頃は同僚とよくこんな話をしていた。

「なあ、○○… よくさー人生相談とかでOLが「仕事がつまらないんです…、朝9時から5時までの定時の決まりきった時間をこのまま続けてもいいか?」、とかなんとかあるじゃん。あれってどう思う?」

「ああ、あれね… うらましいね… そんな天国みたいな労働環境で…」

これが広告業界にいる僕らの本音だった。

広告業界の末端で働く僕らにとって、定時で帰れるなんで、まさに夢のような話。

仕事を5時に終え、そこから帰りに居酒屋で一杯やる。

こんなことすら出来ない僕らは一体なんなんだと真剣に思っていた。







ある日、朝、いつもの通り通勤の満員電車に乗った。

その日は朝から大事な会議があるとかで、絶対に遅刻するなと言われていた。

前の晩、遅くまでかかって仕上げた書類を持って僕は満員電車で揺られた。

疲労でボーっとしている頭で揺られた。

目の下を黒くして頬をこけさせながら揺られた。

その時、目の前で違和感を感じた。

目の前で見知らぬ女性が痴漢されていた。

見知らぬ女性が泣きそうな顔をして周りに助けを求めていた。

僕と目が合った。

僕はボーっしたうつろな目でその光景を見ていた。

そして無視した。


僕は会議の前に面倒に巻き込まれたくなかった。

遅刻して上司に怒られたくなかった。


何かが麻痺していた。

人間として大事なものが、

過度の労働によって麻痺させられていた。

電車を降りてから、それに気づいた。

心の底から自分を情けなく思った。

こんな男になるために

僕の親は、僕を生んだのではないと思った。

この事件があった日いらい、僕はほとんど残業をしなくなった。

上司が、同僚が何と言おうとくだらない残業はしなかった。


自分の人生は自分で管理しないとダメだと思った。

(つづく)


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