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するがゆえ、飛び蹴りくらわす


恋愛、そして結婚と自由。

私の好きな人が私を好きできてくれること、
私の好きな人が私と結婚してくれたこと、

これって真面目に奇跡なんじゃないかなって思う。

そんな私の恋愛と結婚についてお届け!







Vol.6 午前2時に泣く男


3年前の夏、彼が突然親知らずが痛むと言い始めた。

そりゃあそうだ!
治療中にもかかわらず歯医者さんに勝手に行かなくなったのだから。

私が幾度となく歯医者さんへ行くように伝えても一向に行く気配がなかった。

「だって怖いんだもん!」。
これが彼が歯医者さんへ行かない理由。
実にわかりやすい。

よくよく話を聞くと彼には歯医者さんにトラウマがあった。
小学校低学年のころ、帰宅途中に駐車場に停められた母の車を見つけて
歯医者さんを訪れたときのこと。
ちょうど治療中のお母さんが麻酔後に意識不明になり、
口から泡を吹いている現場を目撃してしまったというのだ。
院内は騒然となり、お母さんは救急車で近くの大きな病院に運ばれた。
以来、彼は極度の歯医者さん恐怖症になったのだとか。

もっとも彼が通院していた歯医者さんは、
当時お付き合いのあった某企業の社長さんの紹介で、
一日に2組しか患者を治療しないというちょっとしたセレブクリニック。
なんなら私が診ていただきたいほどの、丁寧な治療をしてくれる病院であった。

歯が痛むと言い始めて3日目の夜。
私が眠っていると、聞いたこともない動物の唸り声が聴こえた。
私がその音に恐怖でハッと目を覚ますと、
そこにはほっぺたを押さえながら苦痛を露わに悶絶する彼がいた。

「うぐぐぐぅぅ…歯がぁ、歯がぁ痛いぃぃ。死にそうだぉぉ」。

涙目で私にそう訴える彼を見て、申し訳ないが笑った。
だから言ったこっちゃない。さっさと歯医者さんへ行けばよかったのだ。

午前2時。
あらためて歯医者さんへ行くように説得するも、嫌だと言ってきかない彼。
私もいい加減面倒になって無視して寝ようとするものの、
ソファでは彼が延々「うぐぐぐぅぅ…」と唸り声をあげていて眠ることも出来ない。

駄々っ子のような彼に苛立ちつつ、
布団をすっぽり被っていると小さな声がした。
「いっ、行くよ、歯医者ぁ。うぐぐぐぅぅ…」。

そこから私は眠い目をこすり、ネットで歯医者さんを探す。
いくら東京とは言え、時間は既に午前2時を回っている。
そうそう開いている歯医者さんなどない。

ネットで検索し続けている間も、彼は絶え間なく
「うぐぐぐぅぅ…。うぐぐぐぅぅ…」と体をくねらせながら悶絶している。
夜中ということもあってか、私まで変なテンションになってくる。
可笑しくて堪らないのだった。
そんな私に彼は
「人でなし! よっちゃんの人でなし! うぐぐぐぅぅ…」
と投げかけてくる。
そんなことを言われても、
さっさと歯医者さんに行かないのが悪いのだからと
半ば呆れた気持ちもあったし、大の大人の男性が
こんなに苦しむほどの痛みとは実はただ事ではないのだろうか、
という不安も芽生えてきた。

こんなときに限ってなかなか検索がヒットしない。
青白い顔で悶絶し続ける彼を見て徐々に焦りを感じた私は、
何を思ったのか119番に電話をかけた。

119番「事故ですか? 急病ですか?」。

そう尋ねられ、思わず言葉に詰まる。

私「…えっと、事故でもたいした急病でもないんですけど…」

ここで電話越しに119番の
「へ? 何でかけてきたの?」という空気をビシビシ感じて恐縮しまくる。

119番「どうされたんですか?」

私「…すみません。28歳の男性なんですが、
歯が痛いと数時間前から苦しみ続けていて。すみません。
どこか今から診ていただける歯医者さんってありますか? すみません。
もしくは、病院を紹介してくれるところがあれば教えてください!
本当にすみません」

こんなにも「すみません」を連発したのは初めてだったかもしれない。

119番「あ〜、そういうことでしたら、救急病院の案内所がありますので、
そちらにかけていただけますかねぇ〜。
番号は03-○○○○-○○○○ですね〜。よろしいですか〜?」

私「あっ、ありがとうございます。かけてみます!
本当にすみませんでした!」

119番の電話を切ると、すぐさま教えていただいた案内所に電話をかけた。
そして、事情を話して、都内に一件だけ開いているという歯医者さんを紹介していただいた。
それは歌舞伎町にある歯医者さんだった。

彼に伝えるとニヤリと笑って
「さすが眠らない街だねぇ、歌舞伎町」と言い放ち、妙に腹が立った。

さっそく歌舞伎町の歯医者さんに電話をし、予約を取る。
場所を確認するため、その歯医者さんのサイトをチェックすると、
本当に歌舞伎町のど真ん中に位置していた。
さらに、その歯医者さんが当時、テレビで放送されていた
『あい◯り』のアウト◯ーという人が勤務している歯医者さんであることがわかった。
なぜそれがわかったかと言うと、
歯医者さんの名前におもいっきり『あい◯り』のロゴが入っていたからだ。
申し訳ないが正直不安になった。

彼に準備を促し、タクシーを呼ぼうとすると再び彼が駄々をこね始める。

「嫌だ! タクシー嫌だ!
自転車で行こうよ。散歩がてらにさー」。
…完全に時間稼ぎしようとしているではないか。
ああ情けない。

「ねぇねぇ、記念に写真撮ってよ。あっ、隕石パワーで治そう。
隕石貼り付けていこー」。
…何の記念なのだろうか。
隕石パワーって何だ?


もう私は怒る気力もなくなっていた。そのときに撮影した写真がこちら。
手の下にはセロテープで貼り付けた隕石が。



家から歌舞伎町まで、タクシーを使えば10分くらいのところを、
私たちは自転車で30分ほどかけて向かった。

時刻はこのとき午前3時。
人通りのほとんどない西新宿を自転車で駆け抜ける。
何とも夏の風が心地良い。彼は先ほどまでの痛みを忘れたかのように、
自転車をビュンビュンと走らせていた。



「隕石パワーで治す!
隕石パワーで治す!」。

謎に大声で叫び続けていたが、いざ歌舞伎町に到着すると、
ふと我に返ったようにセロテープで貼り付けた隕石をさっと外した。
どうせだったら歯医者さんまで貼り付けていけよ! と思ったが、
面倒なので黙っておいた。

歯医者さんに着くと、急に彼が落ち着かない様子になる。
ドアを開けたら、浜崎あゆみのユーロビートが大音量で流れていたからだ。
それに加えて受付には歯科衛生士かキャバクラ嬢か見分けがつかないほど
ド派手なビジュアルの女性が座っていた。

彼が不安になるのも無理はない。
緊張した面持ちでトイレに立った彼だが、戻ってきたときは顔面蒼白。
「やばいよ。トイレに人工蘇生術のポスターあった。
俺、死ぬのかな。先生がアウト◯ーだったらどうしよぉ」。
彼は半ばパニック状態で、産まれたての子鹿のように小刻みに震えている。
トラウマが効いているようだった。
そして名前を呼ばれるとお爺さんのようにヨロヨロと診察室へ入っていった。

待つこと数十分。
診察を終えると、さっきまでとは別人の彼がいた。

「よっちゃん、遅くにごめんね。
もう大丈夫だから。先生もアウト◯ーじゃなくて院長先生だったし、
神経抜いたけど全然痛くなかった! 隕石パワーすげぇわ!」。
ニコニコしながらそう言う彼。

ん? 待て待て。この期に及んで隕石パワーって何だ?
もう怒りの沸点をとうに越えた私は開いた口が塞がらない。

痛みがなくなり120パーセント・フルスロットルになった彼は、
新宿で遊んでこー! と言ってきかない。
このとき時刻は早朝4時。
仕方がないので、遊んでみた。そのときの写真はこれ。



彼は今もなお、歯に爆弾を抱えているが一向に歯医者さんへ行く気配がない。
先日もインドカレーを食べて、なぜか歯が折れたというのに。



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>>はじめまして。良美です。

ちょっと変な旦那さんをもつフリーライター。

FSL02では、私なりの視点で恋愛や結婚について綴っていけたらと思っています。
どうぞよろしくお願いします。




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