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Vol.6 『 春夏州都 』





4月にバイエルン州の州都で三十路になった、私の人生の旅路。
ドイツに旅立つ前はきっと誕生日は一人で過ごすんだろうなと思っていたけれど、
ありがたいことにそばで祝ってくれる人がいた。

心温まるプレゼントをもらい、春うららの中、少し薄着になる・・・
薄着になる・・・
薄着になる・・・?
春うらら?

否、私が着ていたのは、ダウンジャケットだった。
寒いっすよ、ドイツさん!!
生まれてこの方、誕生日にダウンジャケットなんか初めて着ていた。


だけど、春は確実にそこまでやってきていて、次の週には、暖かい日が続き
木々も花も一斉に目を覚まし、薄暗い街の風景を明るく染めた。

そして、一つの冬に、海外にて住所不定無職→家と仕事をゲットし社会生活適合者
→ホームレス→すごく喋る日本語も話せるドイツ人の家にパラサイト邦人→
ニート→そして寒いから引きこもり

と肩書きを変えてきた私も、冬眠生活から時々目を覚ました間に
ドイツ語不問の子どもに関わる仕事を見つけ、春から本格始動をしたのだ。

見つけたと言っても、海外での日本人社会は小さいので、
ゴロゴロしてたら、「ちょっとこれやってみない?」と話が来るので
ベビーシッターなどの仕事にいちいち飛びついていてみた。

こうして、ミニジョブ長者になった私、忙しいときで一日3、4件はしごしていたのだ。

この生活何が大変かというと、移動と言葉と買い物だった。

バイエルンの州都だけあって交通網は発達していて便利なのだが、
何かよくわからないが遅れたり止まったりするのである。
「何かよくわからない。」というのが、私がドイツ語をわからないというのを差し引いてもわからないのである。

ホームの電光掲示板に出発までの待ち時間が表示されているのだが、
それが「0」になってもなかなか出発しなかったり。
もちろんアナウンスはない。

そして、「いつもの何かよくわからないが出発しないのだろう。」と電車の中で待ってると、
10分以上経って「〇〇駅でなんか問題があって今、出発できません。もう少し待ってください。」ってなアナウンスがやっと入る。

アンタもっと早く言いなさいよ!!えぇ!?

と、朝の通勤時間にストレスのプレゼントをしてくれるのである。

また、待ち時間表示で「あぁー、あと2分だ♪」と気持ちも体勢も乗る順備をしてると、
表示 「2」
(次は1分だ、もう来るな)
・・カチッ
表示 「8」


えぇぇぇええ!? と、持っていた荷物を重くさせるフェイントをくれるのである。 また、待ち時間表示があと2分なのに電車が出発して、タバコを吸って待っていたドイツ人も
「え!?」と驚く場面も見たことある。
そりゃそーだ。

そして、フェイントをくれるのは交通網だけではなく、気候もであった。
暖かい日が続き、「よし、春が来た!!!」と薄着で外にでると、
上着を羽織らないと寒かったり、朝、寒かったから少し厚着をすると急に暑くなったり。
日本での四季の経験則を手放さないと、快適なドイツ生活は送れない。

それでも、ドイツ語不問の子どもに関わる仕事を手に入れて、意気揚々とその仕事に臨むわけでありますが、
ベビーシッターもその他のミニジョブも、日独ハーフの子どもと接することがほとんどで、
遊びの会話の中で所々で、
「verstecken spielenしよう!」などとドイツ語を混ぜてくるので
「はい?今なんと?」
とお伺いをたて、「ほう、かくれんぼのことか、フムフム。」と否応なくドイツ語に触れる。
そして即座に忘れ、また「え?何それ?」と何回も子どもに聞くということをやったり。

日本語を話せると言っても、普段ドイツ語環境で暮らしている子どもたちだから、
やはりネイティブと違う。だから、細かい日本語の使い方が違うので、
やってほしいことの意思疎通がスムーズじゃなかったりする。

それは、家に帰ってタンデムと話す時も同じで、日本語が話せると言ってもやはり間違ってるので、
彼の伝えた意思と、私の理解が違うという事で、やきもきすることがよくある。
信頼関係を築くのには、ちゃんとした言葉は必要ないけど、ちゃんと意思疎通するには言葉って必要だなって思う。

そしてミニジョブたちは、言葉だけでなく、ドイツでの子育て擬似体験できたり、
文化や習慣の違いを垣間見ることができて勉強になる。

邦人家庭に行くと、子どもは両親と同じ部屋で寝ているというとこが多いのだが、
日独家庭に行くと、ちゃんと子ども部屋があって夜も一人で寝ている子が多い。

街を子どもと歩くと特に感じるのが(子どもとじゃなくても感じるけど)、歩行者信号がやけに短いから、
道を横断するのに中央分離帯で、また信号を待つ必要があったりする。

ドイツの公園は、大型固定遊具のしたは、落ちても大怪我しないように砂場になってていいなぁ

などなど、引きこもってちゃわからないことが、たくさんあった。
そして、引きこもりの時は、あんまり気にならなかった、お店が全部8時に閉まって、日曜は全部閉まっているという不便さを感じた。

だけど、日本にはない静けさと心地良さを感じ、
豊かさってなんだろうなと思いを馳せる・・・

・・・
「ねぇねぇ、ゆきえー!!!ちょっとこれ見てみて!!!見て!!!あれ?何考えてるの?」

静けさってなんだろう・・・

そんな私の春夏州都です。






たんぽぽのじゅうたん。天気の良い日は、草の上で日光浴している








つづく



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ラ・由紀絵ここにいます^^






ラ・由紀絵

1982年4月17日、ムツゴロウさんと同じ誕生日に三女として福岡県に生まれる。

幼少期は、山と川で植物と生き物観察と、お絵描きをして静かに遊ぶ。

小学5年の冬に甥っ子が生まれ、友達との遊ぶ約束よりも甥っ子との時間を優先させるほど、愛情を注ぐ。

初めて、幼い子どもと過ごす喜びを覚える。

高校は、NHKの朝の連続ドラマにはまってしまい、遅刻ばかり。眠くてサボってばかりという公私共々ダラけた日々を過ごす。

進路で幼児保育の学校に進むか迷ったが、ピアノを弾きたくないし、勉強をしたくないというこれまたやる気のない理由でニート志望を家族に伝える。

あまりの人生にやる気のない私を見兼ねて母が語学の専門学校に半ば強制的に受験させる。

受かってしまい専門学校のある東京に。すぐに実家に帰ろうと思っていたが、新宿駅をみて「警察24時が現実にある!」とミーハー心に火がつき、卒業後も、東京で就職することに。OL生活が始まる。

OL生活3年目、仕事にも慣れてきて飽き始めた頃に、歩いていたら、 「私、いい幼稚園の先生になれる!」と根拠もない確信がふってわいて、資格を取ることをを考える。

「絶対、キツイから続かないよ。」という声を無視して、お昼OL、夜、専門学生という二足わらじをはきながら3年間過ごす。おかげで、世間に生まれて初めて頑張り屋と思われるようになる。

2009年晴れて、保育士に。大人ではない子ども主体の保育とは何か、一人ひとりの個性や成長をどう見守れるかを考えながら充実した日々とやり甲斐を感じる。

2011年、とある出来事をきっかけに「東京でやることは終わった。」と強く感じる。確信はしてるが、仕事は好きだしお金もな…と迷うが「ハートの声に従うロックンロールな生き方をしよう。」と決心。

2011年4月長年の夢のニートに。

6月末日、ドイツに行きたくなる。

7月上旬、10月にドイツで保育研修会があるという情報を得て、お金も語学力もないのに行くことを決める。


そして、現在に至る。






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